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大ちゃんママ

  • Author:大ちゃんママ
  • アンジェルマン症候群という稀少染色体疾患を持って生まれた息子です。
    このブログを通じて多くの人にこの疾患を知って欲しい
    また同じ疾患のお子様を抱えている方に見て欲しいという願いからあえて疾患名を告知しました。
    障がいは持っているものの毎日笑顔が絶えず元気に過ごしています。
    そんな息子ですが宜しかったらご覧ください。

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あたりまえ

ネットで読んで共感しましたので転載します。

「あたりまえ」

穏やかな一日が終わろうとしていました。
しかし
けたたましいサイレンの音とともに
事態が急変したのです。

三歳の子が痙攣を引き起こし救急車で運ばれたのでした。
インフルエンザ脳症です。

通常
一本の注射を打てば治まるはずの痙攣が
三本の注射を打ってもまだ治まりませんでした。

脳に炎症を起こし
それが血管をとおり全身にまわっていました。

免疫が壊れ、自らを攻撃する状態となっていたのです。

痙攣の発作が起きるたびに

うろたえ

祈りながら

泣き崩れる母親の姿と

意識不明のわが子の手を握り

しっかりと見据えた父親の姿が

そこにはありました。

全力を尽くしても助かる場合もあれば助からない場合もある。

もし助かったとしても

脳の障害という後遺症が残る可能性があるとの現状を

医師から聴かされた

まだ若い夫婦の二人の姿がそこにありました。




もうこの病院では手の施しようがなく

他の病院に搬送の準備が行われようとしていました。

しかし

私は

動かすこと自体に生命の危険を感じていました。

その間

国立病院では受け入れ拒否になりました。

隣県の大学病院との連絡などで時間が引き延ばされていきました。


このときは

もうすでにその日の日付が変わっていました。


そのうち子供は小康状態となりました。


また

ちょうど前日に

宮島の大聖院にて開眼法要で「魂」を入れていただいたばかりの仏壇に

私は手を合わしました。

天と繫いでいただいたことを信じながら祈りました。







その数時間後の翌朝

未明

なんと

昏睡状態の中から意識が戻ったのです。

不思議なことに

一命を取り留めることができました。



奇跡です!



このとき

はじめて

父親の流す安堵の涙がそこにはありました。






「何歳?」

「元気になったら何が食べたい?」

の医師の問いかけに

「三歳」

「アイスクリーム」

としっかりと答えることができました。

これで一応、脳の障害への後遺症は免れたようです。


意識が戻ってからというもの医師も驚くほどの回復振りでありました。
三日間をかけて投与する薬もこの状態なら一日だけで必要はないようだけど、
かといって中途半端なことはできないし・・と、医師を悩ますほどになりました。

回診のたびに「何歳?」と聞かれると「五歳!」とさばを読み、答え、
おどける余裕も見せるようになりました。

鼻や手足についた点滴の管が次々と抜かれる状態となりました。

食事開始も普通食で始まりました。

日に日に回復の兆しが見え
それであれば二週間の入院予定だったのが
それさえも超えて、なんと一週間で退院の運びとなりました。





悪夢のようなひとときでしたが

今回の一件で

若い夫婦はわが子を通し強い絆を深めていきました。

子供にできわく病気、怪我、非行・・・。

そのことを通し何かを親に気づかせてくれる

チャンスを与えてくれるのだと思います。

夫婦として父として母として親子として

たくさんの気づきと学びがあったように思います。



「あたりまえ」が壊れたときに気付きます。



私は

度重なる偶然という中の必然に数々の奇跡があり

神様、仏様、人様の応援があることに気づかせていただきました。


そのことを人は運がよいというのでしょうか。













あたりまえ
こんなすばらしいことを、
みんなはなぜよろこばないのでしょう。

あたりまえであることを。
お父さんがいる。お母さんがいる。

手が二本あって、足が二本ある。
行きたいところへ自分で歩いて行ける。
手を伸ばせばなんでもとれる。
音が聞こえて声がでる。

こんなしあわせはあるでしょうか。

しかし、だれもそれをよろばない。
あたりまえだ、と笑ってすます。

食事が食べられる。
夜になるとちゃんと眠れ、
そして、また、朝がくる。
空気を胸いっぱいにすえる。

笑える、泣ける、叫ぶこともできる。
走り回れる、
みんなあたりまえのこと。

こんなすばらしいことを、
みんなは決してよろこばない。

そのありがたさを知っているのは、
それをなくした人たちだけ。

なぜでしょう。あたりまえ。

『飛鳥へ そしてまだ見ぬ子へ』より




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